安全基地
メイツから『○○さんは、ボランティアの人ですね』とお言葉を頂きました。
素直に、嬉しいです。

なんか、エキストラにしんどいなあ、皆んな(自分)余裕無くなってるなあ、負荷かかり過ぎてガス抜き欲しいなあ、雰囲気悪いなあってストレスを感じると、ほっこり気分転換に、お茶会しようと、茶菓子を買って、皆んなに振る舞いたくなる。

いつからか身についた行動は、ある種のパターン化された、しかもやや病的なストレス発散法であり、私自身それを『散財』と呼び、『ほらほら、始まったぞ!誰か私を止めて!』とある種の心の叫びでもある。

溜めた負のエネルギーを自分の中に向けていってたら、多分自分を傷みつける方向にいってるのかもしれませんが、私はある程度は溜めますが、外に向けて発信するタイプ、、、

形として、お茶菓子は、もらう側はなんらかの御相伴に預かるわけなので、まあ害のない発散法で、しかも、漏れなく『ありがとう』の言葉や笑顔が飛び交うので、心地よい雰囲気になる、、、

ほんとは、モノに頼らないコミュニケーションのが、自分的には健全なんだろうとは思います。言葉であったり、雑談力であったり。
しかも、このバラマキ法は、ガチガチの悪い雰囲気の中や、人間関係も上下左右縛られて酸欠状態になってる時にはできない。

ある程度煮詰まって、気分が底をついて回復しつつある、やや体力が戻ってきたあたりで、雰囲気変えたいなあって時に、奥の手として使ってるんですね。

これは、多分、根底には、昔大変お世話になった上司で理想の上司像⁉️(そんなのがあったのか、って感じですが。)の方が、朝デスクについたら、出勤途中に買ってきた美味しいパンをルーティンのように、沢山振る舞ってくれて、朝ごはん食べてきたのに、つい好きなパンだから、喜んでパクついていた、という思い出があるからなんですね、、、

今は天国におられますが、その上司は部署を離れた後も、自分を含め、大勢の部下、学生、後輩達に目をかけて、赴任する先々には予めそこのトップクラスの知り合いに連絡しまくってくれていて、、、

どれだけ陰日向にエールを送られてきたことか、、、

いつかこういう感じの人になりたいなあ、、、ってまだまだヒヨコのときに植え付けられていたんですね、、、
人格的にも、何もかもその方の足元にも及ばぬまま、私はフィールドを変えてしまいましたが。

冒頭の『ボランティアの、、、』のくだりは、丁度そのとき、心理学の勉強で、向社交性について、2名の学者さんの論、アイゼンバーグさんやコールドバーグさんの説を覚えなきゃ、と頭の中で、色んなその他の覚えなきゃワードと一緒くたにわさわさしていた時に、クラスメイトさんから、アウトプットされた言葉なんですね。

(この概念、非常に興味深いので、復習かねてまた別の機会に気が向いたら、、、テスト終わった後に、初めてテキストまともに開いて、『このオッチャンらえーことゆーてるなー。』てニヤニヤしながら楽しんでます。)

ただ厳密にゆうと、最近SNSで目にしたイチローさんの言葉にも、似た感じの言葉はありましたが、そもそも私のネタが小さ過ぎて、(一個50円足らずの菓子をばらまいて満足してるだけなのですが。)引用するのも憚られますが、、、

人のためにしてるのではなくて、つまるは自分のため(自分がスッキリするため)

なんですね、、、
ある種、私の『甘え』ともとれる行動を容認し、笑顔で饅頭や団子を受け取ってくれる側こそが、私の目には、ボランティア精神に満ち溢れた方々として映ってるんですね。

だから、その場に居合わせた仲間達ってのは、エインスワース氏が言われた『安全基地』、、、

その時々の安全基地的役割をしてくれた(してくれている)仲間達に感謝🙏

PS久々にメールで連絡くださる方には、大変有り難いのですが、基本アドレス帳クリア状態なので、お名前お願いします。ついお名前を伺えぬまま返信してしまう小物な私です、、、

メアド見てピンとくるのは、本当に僅かで、、、
2020/12/5