ハッとするんだよね
前回の記事を読み返しながら、SNSでフォローしてるカウンセラーの先生の
人をジャッジする(値踏みする)ってのはよくないよね
って記事を思い返しながら
ああ、NLPでトレーナーから教えてもらったのに、ジャッジされたり、したりを繰り返していたんだなあ、、、
って。
新年早々、普段先方からは頂かない方からライン頂いて嬉しい気持ちになったり、ここ数年習慣的にはしてなかったのに、息子の成人式に合わせたように懐かしいママ友さん達にご挨拶ラインしたり。
そして、私の友人や以前の職場の同期や先輩に、『私今困っています。悩んでいます。』って溢しまくり、『またお茶しようよ』ってな暖かい言葉を頂きまくっていた松の内。
久しく連絡も取り合ってなかったのに、暖かいお言葉、、、感謝しかありません。
素敵な方々と出会ってきたんだな、って噛み締めています。
ちょくちょく、このブログもSNSに貼り付けたり、知人に飛ばしてたので、たまに私を知ってる人が覗いてくれてるのかな?と思いながら、自分に対するアンサーソングみたいに、しんどいとき、嬉しいとき、心に留め置きたいその時々を呟いたり、愚痴りまくっています。
今年もお年賀状の作業、年明けになりました。パソコンの筆王データも全てアクセスできなくなり、頂いた分に泣きながら手書きで表書きを書きました。早くても4日以降の返信となります。遅れて誠に申し訳ございません。
しかも予め、たびたび『年賀状制度、法律で禁止ならないかな、しんどい』的なこぼしを垂れていましたし、私自身も以前の職場を去り、数年経ちましたし、大概はラインなどで連絡取ろうと思えば取れるので、いよいよお年賀状は、縮小方向に舵きりつつあるのですが、不義理不人情が重なり、遂に粛正されたな、という感もあり、自分から元旦に間に合うように出さなかったりが近年重なっているので、当たり前のことなのですが、とりあえずこれまで有難うございました、とお伝えしたいです。
運不運はない
全て自分のやってきた結果
師匠の有難い蘊蓄、心に留めています。
年賀状出していたのも15年前くらいまでに出会った方ばかり、最近は新しく増やしはしてません。個人情報がうるさく言われだしてから、住所を知る由もなくなりましたから、、、
お年賀状のやりとりは、恩師や目上の方も多いのですが、唯一、このお師匠様には最後の一枚になっても出さないといけない、と思っていたお師匠様から、いよいよ私が粛正対象になったようです。まあ仕方ないことです。
私というキャラクターを知って頂いている方々には、ある日突然連絡してきたり、フラッと寄ってきたりも多分許容頂けてるのではないか、と勝手に思っております。
今年も、私が昨年2回ほどしか行けてなかった所属グループからのメンバー様方からお年賀状を多く頂き、皆さま毎年切り捨てることなく、ヘタレでヨヨヨで幽霊部員でなんの向上心もない私を気にかけて頂いてる、、、
もう、脱会したいです、って2年前に先生に伝えて、でも結局、先生からは、ゆっくり自分のペースでいいから続けて、、、と慰留されてそのままズルズル、、、
昨年、先生が大きな病気されたことも知らなくて。心が久々に揺れました。喉の病気をしたと、、、これは神様が私に先生の声の代わをしろ、と言ってるんじゃないか、、、
今の仕事で対人関係で、べこべこにメンタルやられかけていたけど、私の中のアイデンティティの一つというか、拠り所というか、ルーツというか、、、ここにあったじゃないか。
そして、長年の事務ワークを脱した私は、ブランクはあるけど、年齢は五十路手前だけど、腰だってたまにヤバってなるけど、体力的には日々、腰軽く動いてむしろ日常的な運動量は今が一番充実してるじゃないか、、、
体力なくて運動するのが不安な長年の状態は突き抜けた。
ここのところ、マルチタスクができなくなった、ものをなくす、記憶力の低下、これまでできていたことができなくなる(年賀状とか、多分パソコンのバグだけど)など、年齢的な衰えや、重なる悩みから脳のリソース喰われてミスの連鎖を招いたり、自己肯定感だだ下がりの底を低迷していたけど、本来の私の心身を整えてくれていたものから、永らく目を背け、逃げていた。
ここにちゃんと向き合うことで、今回お年賀状で粛正されてしまったお師匠さまにも、やがていつか辿り着く。
今所属している会がやがて自然に散会したら、いつかお師匠様のもとに帰る気でいる。そのためには続けていないと。
いつかまた、学生時代に聞いたあの蘊蓄が聞きたい。
今年こそは頑張ろっと。